想いをつなぐメンテナンス
ものとのロングライフな付き合い

長く使い続けたもの、大切な人から受け継いだものには、思い出や愛着が積み重なり、〝自分だけの宝物〞としての価値が生まれます。
その価値を支えるのがメンテナンス。
壊れないように使うだけでなく、壊れる前に手入れすることで、ものとのロングライフな付き合いが叶えられるのです。
今回は、人生に寄り添うもののひとつ、腕時計に焦点を当て、ロングライフを叶えるメンテナンスについて考えます。

持ち主が込めた想いを
腕時計とともに受け止める

常に身に付けている人も多い腕時計。愛用の一本には持ち主それぞれの想いが込められ、大切にされていることでしょう。一方、メーカーは 「持ち主が愛用品に込めた想いを守り続けていきたい」と願っています。

しかし、どれだけ大切にしていても、形あるものはいつか壊れ、元通りにならないことも。持ち主にとっての大切な品を守るため、メーカーはメンテナンスに力を入れています。持ち主自身では行えない、メンテナンスを担い、想いをつなぎ続けているのです。

今回は、腕時計の修理やメンテナンスを専門としている、セイコーウオッチのグループ会社「セイコータイムラボ」を訪ねました。高級ブランドのグランドセイコーが誕生した1960年代に、アフターサービス充実のために設立されたサービス部門がはじまり。以来、60年近くにわたって、セイコーウオッチのアフターサービスを担い続けるプロ集団です。
彼らがメンテナンスに抱くマインドとは。

閉じる 続きを読む

「腕時計はお客様が腕にはめた瞬間から、人生の大切な時をともに刻む製品です」
セイコータイムラボの修理技能士・笹川修さんは話します。
「腕時計は、人から受け継いだり、記念品として贈られたりすることが多いもの。お客様それぞれが想いを込めて使ってくださっています。中には、腕時計に付いた傷も、人生をともに歩んだ証と考え、大切にしている方もいらっしゃる。そのため、『思い出がある傷だから消さないでほしい』といったご要望も少なくありません。私たちは修理やメンテナンス依頼のほとんどを新品同様に修復できますが、ご要望があった場合、傷を消すことはありません」

笹川さんが、最も大切にしているのは「お客様が腕時計に込めた想いをリスペクトすること」。お客様ごと、腕時計ごとに、最善の修理・メンテナンスが変わるので、腕時計をお預かりする際は、お客様が込めた想いも一緒に受け止めるようにしています。

最善の修理・メンテナンスを施すために、セイコータイムラボは販売部門と連携し、販売時からその後の修理・メンテナンスの履歴をすべてカルテとして記録しています。ときには、日頃の使用状況もヒアリングするのだそう。
「腕時計の使い方は、お客様によってさまざま。使用状況の微妙な違いが不具合につながることもあるので、着用時間や保管方法を細かく再現しながら調整することもあります」

細かな項目でチェックし、腕時計ごとに最適な状態になっている
ことが確認された上で、お客様のもとへと返っていきます。

持ち主の想いに触れた
2度目のメンテナンス

セイコータイムラボ 株式会社
修理技能士 笹川修さん
入社以来、約35年にわたって腕時計の修理に従事。多いときで年間1000個もの修理を手掛ける。令和4年秋の褒章で黄綬褒章を受章。

「持ち込まれた腕時計を見れば、大切にされてきたかどうかわかる」と笹川さんは言います。特に印象に残っているのは、「同じ腕時計のメンテナンスを2度担当したこと」だそう。

「弊社では、『いつ・どんな調整を施したか』という修理やメンテナンスの履歴をデータベースに登録します。ある時、手元に届いた腕時計の履歴を確認すると、私が以前に担当した時計でした。ほかの誰かが手を入れた履歴はありません」

かつて自分が残した履歴の日付を見ると、その腕時計にとって最適なタイミングで再びメンテナンスに出されたことがわかりました。つまり、壊れてしまったから修理に出したのではなく、使い続けていくためにメンテナンスに出したということ。
偶然の再会に感慨深さを感じながらも、「大切に使い続けていただいている」ということが、受け取った腕時計から伝わってくる。それが何よりも嬉しかったのだと、笹川さんは語ります。
ものに対する持ち主の想い入れと、それを尊重するメーカーのあり方。その2つが揃ってはじめて、大切なものとのロングライフな関係が可能になるのだと気づかされます。

最高のアフターサービスを
提供し続ける

修理・メンテナンスのサービスには、想いに応えるための技術や設備が必要です。
内部機構を扱う修理技能士が作業するのは、エアシャワーを備えたクリーンルーム。細部まで注意を払うために、顕微鏡を覗きながら作業にあたります。
一方、研磨室では、外装を細かなパーツに分解。パーツの一つひとつを丹念に磨き上げ、鏡面仕上げでもヘアライン仕上げでも、まるで新品同様にまで近づけることができるのだそう。
精度補正や防水検査の専用機器といった特殊な設備に加え、ストックルームでは膨大なパーツを長期間にわたって保管し、幅広いニーズに応えられる準備を整えているのです。

  • エアシャワーを備えたクリーンルームで、お預かりした腕時計をベストな状態に調整します。

  • 工具の多くは、修理技能士が自ら調整したもの。道具の準備が、腕時計と持ち主の想いを守る第一歩です。

  • 腕時計を自動で巻き上げる機械。使用状況の再現にも用いて、時計ごとの最適な調整方法を探ります。

  • 外装を磨き上げる作業場。装置を使い分け、パーツごとに最適な研磨を施していきます。

  • 「腕時計がピカピカになって返ってきた」とお客様にご満足いただくために、外装パーツをひとつずつ丁寧に磨き上げます。

  • 細かな項目でチェックし、腕時計ごとに最適な状態になっていることが確認された上で、お客様のもとへと返っていきます。

  • 修理品に同封される、修理報告書。細かな項目までチェック済みであることが一覧できるので、受け取ったお客様は、より安心できます。

  • 24時間365日、最適な温湿度管理のもと、長く使い続けていただくためのパーツ供給体制を整えています。

  • 思い入れのある腕時計の中身をできるだけそのまま使い続けることができるよう、クオーツ時計の精度を補正する装置を用意。

価値を尊重する姿勢が
ロングライフな価値を生む

メンテナンスを施すことは、大切なもの自体を守り、長く使い続けられるようにするとともに、そこに込められた想いや愛着までも守るということ。愛用品を適切な状態に保つことで、ともに過ごした人生のワンシーンや、大切な人との思い出も、色褪せることなく残ります。これから先に使い続けていく中でも、さらなる思い出を積み重ね続けていくはずです。
ともに人生の時を刻み続けていくためのメンテナンスに目を向けることで、大切な一品も、日々の暮らしも、かけがえのない〝自分だけの宝物〞になっていくでしょう。